6月6日号


「香港大学美術博物館」 

時々前を通りかかるのにいつも先を急いでいるため機会がなかったのだが思い切って入ってみた。
香港大学美術博物館。 The University Museum and Art Galery (UMAG)

香港島のビジネス街、セントラルから山の中腹にかけて半山区(ミッド・レベル)と呼ばれる辺りはかつて緑の 多い高級住宅地であったが 今やおびただしい数の高層住宅ビルが空から降ってきたかのように山の斜面に突き 刺さりコンクリートジャングルになってしまった。 香港を代表する大学として多くのエリートを輩出してきた この大学もかつてはもっと緑豊かな環境だったが久々に訪れてみると新しい建物が随分増えていた。 建築時期 や趣旨等によって夫々趣が変わっているが、どの建物にも個人や企業の名前が付けられており、篤志家や企業の フィランソロピーが香港の教育や文化活動を大きく支えていることを思わせる。

1912年に建てられた本館 Loke Yew Hallは淡いベージュの御影石に煉瓦を組み込んだ優美な建物でチムサッ チョイに残されている時計塔に良く似た造りだ。 屋根の上のひときわ高い塔の周りを小さな塔4つが囲んでい るのが特徴。 コロニアル風の高い天井、アーチの美しい柱廊、アンティークの床タイル模様も激しい使用にも 拘らず良く保存されている。 五月末、平日の昼休み時間で大学の周りは30度を超える熱気の中、人と車の喧 騒の世界であったがひっそりとした小さな中庭に立つとエドワード期のイギリス植民地時代華やかなりし頃の世 界に迷い込んだようだ。

目的のUMAGはその本館の隣、落ち着いた古い煉瓦作りのFung Ping Shan Building と 新館のT T Tsui Building にまたがっておりそれぞれその名の篤志家の寄贈による。 旧館では明、清時代の竹彫物のコレクショ ンを展示中だった。大小の太さの竹の彫り物細工がどれも見事。 「物語に耳を傾ける木こり」と題された筆立 ての細かい彫り物は見入っていると中国の民話の世界に引き込まれるようだ。少し細めの竹材で透かし彫りのお 香立て、更に細い笹竹のような竹に細かい細工を一面に施した優雅な文入れ。 さぞかし流麗な文が入れられ高 貴なお方に届けられたのだろう。 どっしりと力強い彫り物は竹の根の部分で作られたのだそうだ。 圧巻は犀の 牙の透かし彫り。 長さ60cmぐらいの全体にびっしりと刻まれた細工は気が遠くなるほど。 陶器や銅器な どのコレクションも収集家から長期貸与や寄贈されたものが多かった。 旧館一階の天窓から差し込む自然光は 吹き抜けを通じて地階(グランド・フロア)まで届き回廊と木の手すりなど古い造りを上手に残し新館にかけ て、黒檀や漆、木目の家具、調度品等がインテリアにうまく取り入れられておりとても居心地がよい。

これほど行き届いているのに他の見学者に殆ど出会わない。新館出口近くの2階には木彫りが見事なドアや衝立 てをふんだんにあしらったティーハウスがある。 ここも訪れる人が少ない贅沢な静けさ。 本当にお茶を飲ませ てくれるのかしらと目を凝らしてみるとテーブルの上にメニューがある。 緑茶(西湖龍井、ジャスミン・ティ ーそしてウーロン・ティー) 白茶(寿眉牡丹)と黒茶(雲南プーアール)とある。どれもHK$15。 一番あ っさりとして癖のない(と私は思っている)白茶を所望すべく何時の間にか現れたお兄さんに「お茶飲みたいん ですけど」と伝えると(香港の人には珍しく)落ち着いた静かな声で、 「OK, You sit」とのたまう。 (この 英語は中国語で「好、請座」の直訳で「ほな座っとくなはれ」ぐらいの意味で失礼な意図はない。 こういう英 語をChinglishと言う、かどうか。)しばらくして大きなお盆に色々なものを満載して運んできてくれたのは本 格的なお茶の道具一式。 こうして飲んで下さいと英文と中文で用意されたお茶の入れ方の説明書を見せてくれ た。

1. 過水壷。熱いお湯がたっぷり入ったピカピカの可愛い銀色の魔法瓶。
  これで好きなだけお楽しみ下さいという訳だ。
2. 片隅に「茶」の字をあしらった厚手のハンドタオル。 この上に次の
  のを並べてくれた。後で気が付いたのだがこれのお陰でお茶をこぼし
  ても大丈夫だし、茶器も傷つかない。
3. 手のひらに収まってしまうほど小さな小さな素焼きのティーポット。
  (漢字の名前を忘れてしまった。)触ってみると暖かく既に湯通しした
  茶葉が入っている。
4. 公道杯。Tea Jug とあり、日本茶を入れる時にお湯を冷ますための
  茶碗に似ている。 取っ手が着いている所は紅茶などのミルク入れの
  よう。ティーポットのお茶を茶碗に注ぐ前にこの入れ物に入れお茶の
  濃さを調節する。
5. 廃水盂。 白滋の浅い椀で中には湯が張られており、盃より幾分大き目
  の薄手の茶碗が半分沈められている。 茶碗は丁度いい温度になってお
  り、取り出した後残った湯の中に冷めたお茶や茶滓を捨てるのだそうだ。
6. 竹はさみ。廃水盂のお湯の中に入った茶碗を取り出すもの。
7. 茶通。 黒い先の尖った茶せんのようだがこれでティーポットの注ぎ口
  に詰まった茶葉を除く。
8. おつまみのピーナツ。本来ならばスイカやかぼちゃの種などかも知れ
  ないがこれだと食べ滓が出なくていい。

美味しいお茶を一口頂きほっとするとかすかに王宮音楽が流れているのに気が付く。テーブルに並べられたお道 具を弄り回しながら一人優雅に王宮の茶の湯を存分に楽しませてもらった。 一流ホテルならHK$100ぐら いするかもしれない。 しかもこちらの装飾は全部本物の美術品だ。 美術品鑑賞を楽しんだ後なんとしゃれた体 験をさせてくれることだろう。

このUMAGは入場無料で一般に公開されている。祭日以外毎日オープン。相当な維持費がかかり運営は大変な はずだがその心意気が嬉しい。 表通りのBonham Road に面しており展示テーマのポスターや看板が掲げられて いるのが良く見え、香港観光協会もよく宣伝しているので市民はもちろん観光客にも利用しやすい。

   







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