似顔絵は三浦さんに描いていただきました。
似てるか似てないかはご想像にお・ま・か・せ。(^^)
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2003年1月29日号


平成中村座


江戸時代の芝居小屋の雰囲気で歌舞伎をやるという。中村勘九郎はんが2年前に隅田川べりで小屋を立ち上げ、すでに東京では興業済みらしい。河原でテントを張って踊って見せていたのが歌舞伎の発祥だから、十一月の扇町公園のグラウンドに建つテン
トもさぞかし寒風吹きすさんで寒かろうと、膝掛け替わりの大きなストールなども携えてその日は出掛けました。着いてみると、ま、平成のテント小屋だから、エアコン完備の思ったより頑丈そうな立派な芝居小屋ではありました。小屋の周りはズラリと
並んだ幟がはためき、こも被りの一斗樽も積み上げられ菊花の鉢が飾られ、いやが上にも芝居小屋の雰囲気が盛り上がっていましたね。

小屋の前では扮装したお女中や町衆がぞろぞろと歩いているので、機を見てせざるは勇なきなりっ!
「ちょっと一緒に撮ってちょうだい〜っ」と同行の友達ともども、スナップに収まって貰っちゃった。
後で気付いたことに、プロローグとして、もう場外で芝居は始まっていたようなのです。演出家は、「スナップを一緒にとって〜」という観客のいることを計算に入れていたのかどうか・・・?東京の観客はひょっとしてそんな現場は無かったかも知れないな〜。
だが、ここは大阪。目の前に役者はんがいるのに、知らんぷりして澄ましてなぞいられまへ〜ん!

下足をビニール袋に入れ、にわか作りの木の階段をコトコト上がって観客席へ入っていく。小さな木の椅子にかわいい朱色のお座布が一つづつ置いてある。座布団なり、背中当てなりに使うて下さいってことなのね。観客席は3〜400ぐらいだろうか?こんなに舞台が近くてみんなで肩寄せ合って見せてもらうなんて、なんとぜいたくなこと・・・。
劇場の華やかな空間よりも、ずっとずっと秘密っぽくて、ワクワクしてしまう。
先に見た人から、ちょっと面白いことが起こるからね・・・なんて言われているから、余計期待はいや増していく。何だろう?
今まで気付かなかったんだけど、歌舞伎って演者ばかりで演出家はいなかったのですね。
伝統の型や科白が決まっているので、それを踏襲していく・・・。時々名人といわれるような役者が独特の型を編み出し当たり役にして、それ以後は〜型といわれてまた新たな伝統として定着していく・・・。そんな感じだったのですね。

今回の平成中村座の演目は「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわのかがみ)」と「法界坊」。
演出として串田和美さんの名がありました。今までにない、新しい歌舞伎への期待・・・。歌舞伎役者でない笹野高史さんも重要な役どころで出演です。私の見たのは昼の部の「夏祭浪花鑑」。面白いな!と思った演出が随所に見られました。
遠くに祭りの鐘太鼓が聞こえる真っ暗な夜の田んぼ、泥田にはまりながら義父と斬り合いをするシーンは、二人の黒子が篝火を上に下にと掲げ、時々顔の側まで近づけて斬り合いの恐ろしい形相のストップモーションを見せます。勘九郎はんと笹野はんはほんまに泥田にはまり込んで泥だらけ!前から二,三列の観客はすっぽりレインコートを被せられての観劇です。ウオータージェットやナイヤガラ観船みたいなワクワク感じゃ、あ〜りませんか。
私達は中頃の列の花道寄りだったのですが、友達が着物を着ていたので特別にレインコートが支給されました。着物が汚れると大変・・・なんていうきめ細かい配慮!

と、突然鳴り響く山車の鐘太鼓。真っ暗な幕が切って落とされ、まぶしい光が溢れる中から大きな山車が舞台の真っ正面の奥からぬっと現れ出たのです。耳をつんざく鐘太鼓。まぶしい光は真っ昼間の太陽の光だったのです。舞台の奥の幕が開け放たれ、目の前には扇町公園の白いグラウンドが真っ正面に広がり、ビルが見えます。
は〜?。江戸時代から突然、平成のなにわのビル群ですか〜?
真っ暗な中での凄惨な義父殺しのシーンに息を詰めて見ていた私達は、突然の光り溢れる祭り太鼓の山車の登場に、一瞬何事が起きたのかと呆然としましたね。公園の光の中から大勢の祭り人が踊り狂いながら続々と湧いて出て来ました。断末魔の叫びとともに義父を泥田の中で突き殺し、息を弾ませていた勘九郎はんも山車の出現にギョッとして慌てて着物を被り、祭りの輪の中に紛れ込んで踊り去る・・・。
と、まあこんな感じで場内は呆気にとられびっくりしながらも、湧いていましたね〜。

で、その後、義父殺しをした勘九郎はんは当然捕り手に追われる訳です。西へ逃れようと路銀を首にかけ、仲間の橋之助はんと共に追っ手を振りほどき、振りほどき走り抜けます。走りに走って、舞台の奥を突き抜けて、又もや扇町公園が露見しました。
そして裸足で扇町公園のグラウンドを走り抜け、築山のような丘を越え、姿が見えなくなった・・・かと思いきや、再び丘から刀をぶら下げた二人が下り下りて・・・。
舞台の向こう、グラウンドの周りは、当然平成なにわの昼下がり。三三五五公園に遊びに来た人達や、テント小屋から飛び出でたるチョンマゲ男を見ようとて待ちかまえてる人達等々。いろんな平成現実と、江戸時代のなにわが舞台を対象線にして向かい合うの図となったのです。
平成現実から泥足で戻ったチョンマゲ男二人は、ゼイゼイ息を切らせながら再び舞台に立って、こちらの江戸なにわの観客からヤンヤの喝采を浴びて、幕。

後日、舞台の向こう、平成なにわの現実からもぜひ見てみなきゃあと、扇町公園へ出掛けました。路銀を首にかけ長旅を逃げおおさなきゃいけない二人に何か旅の足しになる物を・・とて紀州の九度山の柿を買い込んで繰り出しました。平成なにわの現実をいかに江戸なにわの舞台と絡ませられるかとの思いで持ち込んだのですが、やっぱりと言うべきか、ガードマンや係員が二人の行路をしっかり確保して、チョンマゲ男と平成現実との接点はなし。
もし、手渡せていたら、勘九郎はんはその続きを江戸なにわの舞台でギャグってくれたかしら?
で、扇町公園の走り抜けシーン、大慌てのデジカメショットで二,三枚撮れたんだけれど、これを公開するのは舞台の著作権侵害になるのかな〜?

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