光恵さんは、景子さんの20年来のご友人で、ご主人の海外赴任で98年初夏以来、英国に
お住まいです。英国での生活体験を通しての楽しいお話を綴っていただけることになりました。
<邦子>


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【9月1日号】

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9月1日


「運転免許証失効手続き」


昨年の12月の誕生日までに免許証の更新ができなかったので、この夏の 一時帰国時に、失効手続きをするため神奈川県の二俣川運転試験場へ出 かけた。

「失効」の窓口で必要書類を提出すると、年輩のネコ目のおっちゃんが、メガ ネの奧の細い目を光らせて、いきなり「なにぃ、失効しちゃったのぉ?」と言う。 驚いて「はい」と小声で答えると、今度は、実に高飛車な態度で「免許証取り 上げられちゃうよぉ、えぇぇ・・・」ときた。「免許証がなかったら、あんた困るん じゃないの?」「いったいどうするつもりだったのよぉ」と続き、メガネの奧の ネコ目を上から下へとゆっくり動かしながら、私をまじまじと観察した揚げ句、 じっと見据えた。
運転試験場は警察官の天下りが多いと聞くが、これではまるで、取り調べを 受けている容疑者扱い。こんな横柄な態度が許されていいのか?ムカッとし たが、おっちゃんとけんかをしても何も始まらない。免許証さえ手に入れれば、 目的は達成されるわけで、ここはひとつ我慢、がまん、ガマン・・・と自分に言 い聞かせ、ぐっと抑えた。
不本意なことに、相手にすごまれてほとんど条件反射的に「すみません」という 言葉が私の口から出ていて、一瞬後悔したが、この「すみません」の一言が おっちゃんの気分を良くしたようで、ようやく「理由は?」と、本題に入ってくれ た。「海外在住なものですから」と答えると「かっ海外・・・あっそう・・・、外国 に住んでるのね」と、今までとは心なしか違った物言いではあったが、依然とし て女言葉で、気持ち悪っ・・・

数秒間の沈黙の後「それで、新しい免許証の住所はどこにするの?」と聞か れ、失効する前と同じ神奈川県の住所を言うと「住民票がないのに、そりゃ ダメだよ。」と言う。イギリスから国際電話で問い合わせ、日本に着いてから も電話で再度確認し、市役所で除籍票を発行してもらえば可能だと教えら れ、必要書類はすべて用意して来たことを説明し、今現在、この住所に私 の家が存在していること、帰国後はここに住むつもりでいることを力説した。 すると「今はどこに住んでるの?」と話を変える。「ホテルですけど・・・」
「じゃ、ホテルの住所にしたら?」などと戯けた事を言い出した。唖然としていると 「ホテルの住所にするには、ホテルの住民票が必要だから、もう一度出直し て来るしかないねぇ」
冗談じゃない。今、かりそめに泊まっているホテルの住所を免許証の住所に なんかできるわけがない。それに、貴重な日本滞在中。2日間も二俣川で潰 す訳にはいかない。

切れそうになりながら、それでもぐっと我慢し、沈黙していると、「ところであん た、イギリスの免許証は持ってきたの?」と言う。「はい」と答えて、英語で書か れたA4サイズの紙一枚の免許証を見せると、かなり長い間、隅から隅まで しげしげと眺めていた。ひょっとしたらこれで何とかなるかもしれないと甘い考 えが私の頭をよぎったその直後、そのネコ目おっちゃんの口から出た言葉は ・・・「ところで、あんたの名前、どこに書いてあんの?」

もういい。話にならない。諦めて帰ろうと決心したその時、「ダメだと思うけど、 納得出来ないようだったら、あそこの窓口で相談してみてよ」と言って、書類を バサッと投げて返した。私は書類を引き取り、物も言わず背を向けて、指さ された窓口へ行った。ここの窓口の人もやはり年輩の人だったが、先程とは 打って変わって親切、丁寧に応対してくれた。視力検査や書類の作成もてき ぱきと手際がよくて気持ちが良かった。それにしても、数分前までのネコ目との 愚にも付かないやりとりはいったい何だったのだろう?と頭を傾げたくなった。 おかげで、ようやくその日の内に新しい免許証を手にすることができて、私の 長い、長〜い一日は終わった。


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