目  次
【6月6日号】

バックナンバー目次


6月6日


「修了証書授与式」


3月10日、息子の日本語補習校中学部の修了証書授与式(卒業式)に参列 した。英国でこの種の式典に出席するのは初めてだが、英国とはいえ日本人 学校のこと、過去に何度か経験した日本の卒業式と大差はないだろうと高を 括っていた。それに、息子はそのまま高等部へ進むので、特別な感慨もなか った。

体育館には今年の修了生127名(小6ー57名、中3ー48名、基礎部ー7名、高3 ー15名)とその保護者の椅子が並べられていて、小学〜高校まで全員一緒の授 与式だった。「まるで、村の卒業式みたいだなぁ。」と思っていると、隣に座った友人 が、「在校生は授業があるから参加しないのよ。」と耳打ちしてくれた。 日本では、在校生も参列していたが、ここでは、毎週土曜の午前中3時間、年間 40回の授業時数。日本の子供たちに比べ、遙かに少ない国語の授業時間を、 先生方がいかに大切に考え、有効に活用しようと配慮されているか、改めて教え られた。

「修了生入場」の合図で、担任の先生を先頭に子供達が入場してきた。英国の現 地校の制服は、卒業式には持ってこいのブレザーがほとんどなので、約半数の子 は現地校の制服だったが、後の半数は思い思いの格好で、おへそを出している子 や超ミニスカートの子、よれよれのジーンズの子がいるかと思えば、カンヌ国際映 画祭を思わせるような黒のロングドレスの子がいたり・・・で、日本の厳かな 卒業式の雰囲気とはかけ離れていて、私は思わず目を見開いた。

日本のセレモニーに慣れていない子も多い中、予行演習もなく、ぶっつけ本番で、 いよいよ修了証書の授与が始まった。英国生活の長い子にとって、大きな声で「は い。」と返事をすること、頭を下げて礼をすることに照れや恥ずかしさ、抵抗感は隠 しきれないようで、ちょこんとお辞儀をして片手で受け取る子や緊張感のあまりロボ ットのようなぎこちなさで受け取る子、高校生の中には「ついにゲットしたぜ!」と言 わんばかりに、いきなりガッツポーズをする子、壇上から証書を高く持ち上げ、クラ スメートにVサインを送る子など、個性豊かなパフォーマンスが繰り広げられ、会場 は大きな拍手と歓声に包まれた。そして、その拍手は、最初から最後の一人まで途 切れることはなかった。
海外で国語(日本語)を学び続けることは、決して容易ではない。中1の1学期ま で日本の教育を受けた息子でさえ、授業について行くのが精一杯だった。ましてや 日本の学校に一度も通ったことのない子やハーフの子にとって、この日を迎えるま での長い道のりはどんなに大変だったことだろう。親と子の気の遠くなるような努力 の積み重ねであったに違いない。最後まで惜しみなく続けられた拍手は、その大変 さを知っている親達が、子供一人一人のこれまでの努力をたたえ、これからを励ま しているように思えた。私は鼻の奧がツンとしてきた。

最後は、答辞や送辞の代わりに、各クラスの代表者のスピーチが行われた。補習 校での思い出や英語と日本語の比較、日本語を学ぶ目的など、内容は様々だった が、どの子のスピーチからも英語と日本語の狭間で悩んだり苦しんだり、揺れ動い た気持ちや両方を習得することの大変さがひしひしと伝わってきた。途中、声を詰 まらせる子もいて、会場のあちこちからすすり泣きの声が聞こえた。
子供が挫折しそうになった時、大人は「こんな貴重な経験、誰にでもできるものでは ない。」とか「将来きっと役に立つ。」などと簡単に言ってしまう。私も何度か、投げや りになった息子と衝突し、その度に一様にそんな言葉を繰り返し、励ましてきたが、 これが貴重な経験かどうかなど、将来役立つかどうかなど、そんなことはずっと後 になって息子自身が判断することで、その渦中にいる息子に理解できるはずもな いし、理解したくもなかったのだろう・・・と、そんなことを考えながら、私は体育館の 天井を見上げていた。


TOPに戻る



極楽とんぼへ