2005年07月10日号


恐ろしく御無沙汰!のシアトル便り(夏休み号 その1)

何といっていいか わからないほどの御無沙汰!申し訳ありません。明日は7月4日 の独立記念日です。この前メールを差し上げてから半年が過ぎようとしています。もうあきれて愛想を着かされているのでは?と心配しておりますが、、、お許しくださ
い。
皆様お元気でお過ごしでしょうか?白夜(夜の9時半が日没)のさわやかな夏のシアトルから久しぶりにお便りを差し上げます。この半年間は私にとって大きな出来事が
あった忘れられない思い出の日々となりました。
まず この大学を卒業し 学位を取得したこと、そして アメリカで初孫の誕生を経験したことでした。

こちらへきた当初は主人も私も4年卒のバッチェラーの学位を取る目的でしたが、娘の妊娠がわかり 娘が仕事を続けたいということなのでベビーシッターをして助けてやりたいこと、それに 私の歳(5月に還暦を迎えました)で若い日に取ったバッチェラーとここで取る 合わせて2つのバッチェラーを日本で生かす道がほとんどないだろうということ、それに毎年上がる授業料などを考え合わせ、今年の冬学期にアドバイザーの教授と相談してアソシエイトのコースに切り替えました。幸い関学からたくさんの単位をトランスファーできていたので、冬と春学期に専門科目を目いっぱい取り 急遽卒業がほぼ決まりました。しかし冬学期はさらに勉強量が増し、学期中にタイプした論文は100枚を超えました。苦しい冬学期がヤット終わり、春休み10日間をアメリカ東海岸のニューヨーク、ワシントンD.C.で過ごしました(この旅行については夏休み号 その3でお伝えします)。

瞬く間に春休みが終わり、3月28日から春の学期が始まりました。私にとってはこの大学最後の学期になります。娘の出産予定が5月の半ばなので単位を落とさないように卒業単位に必要な科目だけに絞りました。春の学園祭のような行事や寮祭(りトリート)、クワイアーのコンサートなどは例年どうりでしたが、卒業式の2週間前に娘が出産しましたのでそれからはテンヤワンヤノ大騒ぎでした。

アメリカでは医療費が高いこともあって お産はギリギリまで家で待機させるようです。娘も初めてのお産で心配しますし 我々も心配なので いらいらしましたが陣痛も一定になりヤット入院ということになりました。私たちは娘夫婦が入院したあと夜に病院にかけつけ病院で一晩待機して朝方無事に生まれました。9.6パウンド(約4.37キログラム)のジャンボベビーでよく泣く元気な男の子です。名前はアレクザンダー ワカバヤシ ダックワースといいます。娘婿のロブがミドルネームをワカバヤシとつけてくれました。我々には娘しかなく主人の兄弟も娘ばかりなので我々の代でワカバヤシという名前が消えてしまうことに配慮してくれたロブに感謝しています。それと同時に日本で消えるワカバヤシがアメリカで続くことに不思議な感じがしています。

そして ビックリしたことに、お産のあとはこれまた医療費が高いというので出産の翌日に退院するのがアメリカでは普通だそうです。退院したのはいいのですが娘の体も回復しておらず 娘の面倒とアレックスの面倒を見なければならず、こちらは 学年最後の時期にあたりクラス発表、ファイナルテスト、最後の論文の仕上げ、1年間のボランティァの報告などをしなければならず、それに加えて、卒業生たちの昼食会、学長との夕食会、記念講演会、卒業式のリハーサルなどの卒業式関係の行事が目白押しでモノスゴイ忙しさでした。さいわい、娘婿のロブが出産休暇を2週間ばかりとってくれたので何とか娘とアレックスの世話をしてくれて助かりましたが、なにしろ、新米ママとパパなのでこちらへの応援要請もたびたびあり、娘のところから夜遅く帰り深夜1時2時まで勉強することも多々ありました。このころの学生とグランマーの二足のわらじはホンとしんどかったです。 

そして 6月4日卒業式を迎えました。私の人生で2度目の卒業式です。卒業式については次号でお伝えします。

明日は独立記念日のパーティがロブの親の家であり広い芝生の庭でバーベキューを楽しみ、そのあと夜10時頃から花火大会があります。テレビの中継もあるし、家でも皆で花火をする予定です。

それではまた次号に続きます!お元気で。

めぐみ      






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