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7月12日


「マフィーの来訪」

クリスマスホリデーを間近に控えたある日曜日、息子のフットボール仲間の マフィーが、わが家に遊びに来ることになった。これは、息子が友達と交わした 初めての約束だった。

セカンダリースクールになると、親同士のつきあいも希薄になり、息子の友達の 顔さえ知らないことが多い。初めて息子が家に呼んだ子がいったいどんな子な のか?ワクワク、ドキドキしながらマフィーの来訪を待った。
午後1時、お母さんの車で現れたマフィーは、頬を少し赤らめた、まだまだあどけ なさの残る13才の少年で、恥ずかしそうに「Hello.」とだけ挨拶した。私も頬を少し 赤らめながら、しかし、これ以上の笑顔はないぞというくらい、満面の笑みを 浮かべ、しかもその上、めっちゃ上品に「Hello. Please come in.」と言った。
ここまでは筋書き通りだった。ところが、ここで予期せぬ出来事が起こった。階段の 上から息子が「Come here!」と呼んだものだから、マフィーは靴のまま階段をかけ 上がった。それまで、やさしくて美しくて?品のいい母親を演じていた私が、不覚にも 「わーあーぁー」と叫んでしまったため、驚いたマフィーは階段を2,3段駆け上がった ところで固まってしまった。一瞬何が起こったのかわからないといった顔で、ただ 目だけは大きく見開き、明らかに私の説明を求めていた。「日本では家の中では 靴を脱ぐ習慣になっています。」という英文を昨夜、頭の中にたたき込んだはず なのに、こういう時に限って出てこない。思い出そうとすればするほど、「あー」とか 「うー」としか出てこなくて、結局、機転を利かした娘が夫を呼びに走った。マフィー は夫の説明に快く頷き、靴を脱いでスリッパに履き替えて二階へ上がって行った。

何という失態・・・しかしこんなことは今に始まったことではない。立ち直りの早さには 定評のある私は、気を取り直しておやつを用意し、二人をリビングルームに呼んだ。
マフィーはリビングルームの中央にドーンと置いていたこたつに興味を持ち、布団を めくりあげ、頭から入って中の構造を確かめたり、息子に質問したりしていた。そして スリッパのままこたつに入り、私たちの笑いを誘った。その内二人はテレビゲームに 熱中し、にぎやかな笑い声が台所にいた私の耳にまで届いた。と、その時、マフィー が「おなかすうわった。」と叫んだ。私は驚いてリビングルームへ飛んで行き、「おな かすいたの?」と聞いてみると、「No!」とのこと。どうやら息子は学校でこの言葉を 連発しているらしい・・・英国の子供たちのお弁当は、たいていサンドウィッチと小さな 袋に入ったポテトチップス、それとパックのジュースにくだもので、りんごは丸ごと1こ 入っている。日本のお弁当に比べ、質も量も栄養も劣り、食べ盛り育ち盛りの息子に とっては物足りなかったに違いない。

それから二人は、庭でフットボールを始め、迎えに来たマフィーのお母さんに何度も 促されて、名残惜しそうに帰って行った。こうして息子の友達の初めての来訪は 無事終わった。

その後、「Keisukeの家にはおもしろいものがたくさんある。」という噂が立ち、べンや リチャード、アレックスといったクラスメイトが、度々遊びに来てくれるようになった。 最初は恐る恐る口に入れていたかっぱえびせんや柿の種、おせんべいなどの 日本のお菓子は今では彼らの大好物になり、わざわざロンドンの日本食材店まで 買いに行く子まで出てきた。そして、私もようやくすんなりと口から出るようになった。
「We're supposed to take off our shoes here.」





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6月30日


「食生活について」

以前目にしたチラシの中に「・・・フランス人のように車の運転が上手で、イギ リス人のように料理が得意で、ベルギー人のように休まず・・・」というのがあ った。「あれれっ?」と思いながら読んでいてハタと気付いた。これはヨーロッパ 各国の国民性を皮肉っているのだと。

では、実際のところはどうなのか?料理の本にはこんな記述がある。「キャベツ は、半切りにして45分煮込むこと。」つまり、味も形も栄養もなくなるほど、煮込 めと・・・「ほぉー!」さすが、世界で唯一、食に美味と芸術性を望まない民族との 評。そんな調子なので、どれをとっても「まずい」の一語に尽きる。それなのに 英国人は、初対面の挨拶の中で、必ずと言っていいほど「イギリスの食べ物の中 で何が好きですか?」と尋ねる習慣がある。いったい、どういうつもりで聞くのか? 反対にこちらから聞き返したいくらいだが、ある時、口から出任せに「フィッシュ& チィップス」と言ったところ、非常に喜ばれた経験があり、以来ずーと、こう答える ことにしている。

唯一、人に勧められるとすれば紅茶だろうか?。これ以外は、どれもちょっと・・・ あの有名なスモークサーモンですら、油っぽくて、日本人の口には合わないし、 世界に冠たる中華料理ですら、この国で食べると味が明らかに違い、がっかり させられてしまう。

では、調理済がだめなら、素材はどうか?「食べられない」牛肉(いまだに、骨付き 牛肉は販売禁止。加えて、牛肉に関しては、輸入も基本的に禁止。つまり日本で 買った牛肉は持ち込めない。)を筆頭に、乳製品・鶏肉にまで及んでいる。牛肉は、 一部の日本食材店で、オージービーフが入手できるが、味はご想像のとおり。それ から乳製品のまずさにも困ったものだ。特に牛乳。3種類あるが、どれもまずくて そのままでは飲めない。

あとは、酸味のないクリームのような、ビン入りマヨネーズ。慣れるとこっちのほうが まろやかでいいという人もいるが・・・やはり長年慣れ親しんだキューピーマヨネーズ の味に勝るものはない。余談だが、ビン入りというのは、使い切るのも大変。

もう一つあった。生で食べられない卵。サルモネラ菌はこの国が発祥地だそうだが、 半熟の目玉焼きを食べるときは、フグの刺し身を食べるときよりも度胸がいる。こ れを理由に、会社をしばらく休む人もいるとか?

次に鶏肉。ほとんどが、胸肉でぱさぱさしているが、逆に、もも肉は油でべたべた。 どんな飼料を使っているのか?つい考えてしまう。ケンタッキーの味も、明らかに 違うので、わが家はケンタッキー離れをしてしまった。ただ、豚肉に関しては、味は 日本と変わらないように思う。

最後に、水。生でも飲めるが、硬水なので石灰分が多い。味に拘らなければ、(定期 的に検査している分)ミネラルウォーターよりも安全という人もいるが・・・

とにかくまずいものを挙げるとキリがない。じゃあ、口にできるものは何もない のか?というと・・・数は少ないが、まず、ミルクティー。これはそれなりにいける。
同じ紅茶でも、レモンティーはだめ。何といっても、石灰分の多い水と、そのままで は飲めない「牛乳」との絶妙のバランスが、功を奏していると言うか、非常に不思議な 感覚だが、「よくできてるなぁ。」と感心してしまう。しかし、悲しいことに、この水と 牛乳は、コーヒーには全く合わない。伝統の恐ろしさを実感・・・

次に魚介類。英国人が刺し身を食べない分、取り分に恵まれていて、一部を除き ほとんどが「天然物」。毎週ロンドンの魚の卸し屋に行き、目の前でさばいてもらって いるが、味、価格共に大満足。ちなみにわが家の一押しは、何といってもヒラメ。
味は日本で天然物を口にしたことがないので、比較は難しいが、とにかくおいしい.。
フグの歯ごたえが嫌いな人には、間違いなくこのヒラメをお勧めしたい。臭みや くせが全く無く、その割にはしっかりした食味とうまみを兼ね備えた、透き通るような 白身・・・うーむ、うまく表現できないのがもどかしい。
他にはマグロ、スズキ、それから幻の高級魚ヒラマサが、日本では考えられない 低価格で入手できる。わが家は魚に関しては、随分贅沢になってしまった。

以上、私の独断と偏見に満ち満ちた意見を書き殴ってしまったが、時々、夢にみる ことがある。炊き立てのご飯に生卵を割りほぐし、お醤油をかけて食べる卵かけご飯 の味や和牛の霜降りのステーキを口いっぱいに頬ばり、ニンマリしている自分の姿 を・・・






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6月13日


「白夜の国を旅して 3」

4日目、ケーブルカーで420メートルのストールスタイネン山に登り、北欧の 空の下、ごろんと寝転がり、とびっきり贅沢なひとときを過ごした。厳しい自然 の中で生活する北欧の人々のたくましさを思うと、日々、ちっとも上達しない 英語に四苦八苦している自分がとてもちっぽけに思えてきた。その後、トロム スダーレーン教会で1000枚ものステンドグラスを見たり、水族館でアザラシと 遊んだりした。4日目ともなると、空で地図が書けるほど完璧にトロムソの街を 把握してしまった。

いよいよ最終日の5日目、おそらく二度と訪れることもないであろうトロムソに 別れを告げ、帰路についた。この時期、英国は天気が不安定なため、一足早 く夏のぎらぎらした太陽を求めて南の島へ移動する人が多い。わが家は同じ 太陽を求めて、北へ北へと北上してしまった訳で、まっ、それはそれで特異な 体験ができておもしろかった(ということにしておこう)。しかし、正直言って白夜 は身体によくない。慣れない観光客(私)は、身体のリズムを狂わせ、睡眠不足 で頭はボー、身体はふらふら状態になり、決して健康によいものではないと実感 した。
ただ、ホテルの朝食だけは今まで訪れたどの国よりも豪華でおいしかった。北欧 の人々は一日のエネルギーを朝食によって蓄えるというだけあって、例えば、 ニシンの酢漬けやフィッシュスープなど北欧ならではの新鮮な魚介類を使った バラエティーに富んだメニューで、これには家族全員大満足だった。今でも全 粒粉のパンのおいしさが忘れられない。

空港のロビーで、夫がいきなり「オーロラも見てみたいけど、今度はやっぱ、ス ピッツベルゲンやろなぁ。」と言う。「ス、ス、スピッツベルゲン?あの氷の島に行 くってかっ?そな、あほな。」と思わず言ってしまった。ノールカップと北極点の 間にある小さな島(地図にはスバールバル諸島とある)で、どこで調べたのか、 トロムソから飛行機が出ているという。まさに、観光客が行ける最最最北端の地 だ。観光の目玉はトナカイの肉を食べ、北極熊の毛皮にくるまって寝るという 原住民サーメ人の生活体験オプショナルツアー。「ひえぇー」だ。そう言えば、 ホテルのあちこちに飾ってあったスピッツベルゲンの写真をじーっと眺めている なぁ、とは思っていたが、こんなことを考えていたとは・・・やばいっ、何とか夫の 目を南のリゾート地へ向けねば。







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6月8日


「白夜の国を旅して 2」

2日目は、いよいよ今回の目的地、ノルウェーの最北端ノールカップへ向かった。 旅行会社のおねえさんが「無事に帰ってきて下さいよ。」と何度も言っていただけ あって、トロムソからホニングスウ゛ォーグまでは、乗員乗客合わせて40人乗り のプロペラ機で移動した。途中、2回も給油しながら飛行したため、離陸、着陸 の都度、緊張したり胸をなで下ろしたりの繰り返しで寿命が縮まった。
トロムソを発って2時間後、無事ホニングスウ゛ォーグの小さな空港に降り立つと、 トロムソとは比較にならない寒さで、震え上がった。本当に何もない小さな小さな 漁村だが、ノールカップの宿泊地のため、海辺には近代的なホテルが2,3軒 建っていた。タクシーでホテルに着くやいなや、持ってきた衣類をすべて身にまと い、完全装備で夜9時発のノールカップ行きのバスに乗り込んだ。ボルボの大型 観光バスには、私たち家族とフランス人の夫婦、それから、フェリー乗り場から 乗車してきた日本人の青年だけ。おそらくハンマーフェストから5時間フェリーに ゆられてここまで来たのであろう。それにしてもこんな最北端の地で日本人に会う なんて・・・と思ったが、向こうも思ったに違いない。「こんなところに子供連れで来 る日本人なんて、よっぽど変わったやっちゃ」と。

バスに揺られること50分。昨夜からの睡眠不足でうとうとしていると、夫が何やら 騒いでいる。窓の外に目をやると,、なんとそこには野生のトナカイの群れがいた。 草も木も生えないツンドラ地帯にトナカイが生息しているなんて・・・子供も感嘆の 声をあげていたが、夫は子供以上に興奮して「これが野性味あふれる北極圏やっ、 こんなもん、そんじょそこらで見られるもんとちゃうでぇー」とか何とか・・・

ノールカップの最北端は断崖絶壁の突端にあった。手を伸ばせば届きそうな低い 空、おだやかだが深い色をした北極海、はるか向こうには流氷も見え、さすがに ここまで来ると、ノルウェーの、いやヨーロッパの最北端に来たんだなぁ、と実感 した。展望台は立派な建物で、レストランやカフェから水平線が眺められるように なっていて、ビデオの上映や土産物店も充実していた。寒さのため、展望台の中 から太陽の動きを観察していたわずか10名ほどの観光客も、深夜0時になると、 いっせいに突端まで出て行き、太陽を凝視した。深夜0時を境にまた登り始める 太陽、水平線下に沈まない太陽をこの目でしかと見て、帰りのバスに乗り込んだ。 ホテルに帰り着いた1時過ぎ、外はひどい吹雪だった。

3日目、再びプロペラ機でトロムソに戻ると、トロムソがパリに見えてきた。メキシ コ暖流のおかげで北欧とはいえ暖かいトロムソ。アムンゼンとスコットが北極探検 に出発した地で港を見下ろす街の中心地にアムンゼン像が建ち、ポーラ博物館に はその時の資料や遺品が数多く展示してあった。また、トロムソ大学内にあるプラ ネタリウムも楽しめた。
「今日こそビールを!」との一念で歩き尽くしたトロムソの街を徘徊していると、 あった、あった、ありましたっ!お酒がズラーと並んだ店が。迷わず中へ入ると、 何だか銀行かお役所のような雰囲気で、順番待ちの整理券をもった人たちが列を なしていた。カウンターの中のお店の人はスーツに喋ネクタイ姿という格調の高さ。 ビール1本買うだけなので気が引けて(ここが私の気が小さくてかわいいところなの だが)そのまま外へ出てしまった。どうも、アルコール類を取り扱うには特別な資格 が要るようだが、定かではない。帰ったら、近所のノルウェー出身のおばさんに 聞いてみよっと。








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6月4日


「白夜の国を旅して 1」

「真夜中の太陽っちゅうもんをいっぺん見てみたいもんやなぁー」という夫の何気 ない一言から始まった今回の旅行。「また、戯けたことを・・・」と放っておいたら、 あれこれ資料を集め始め、航空券やホテルの手配をし、あれよあれよと言う間に 出発日になってしまった。

前日の夜、主張先のモスクワから帰宅したにも関わらず、その疲れをおくびにも 出さず軽い足取りでチェックイン カウンターへ向かう夫。「ねぇ、ノルウェーって どこにあるの?」「そこには何があるの?」などと聞く子供たち。あぁー変わり者の 夫を持ってしまった因果というか、いったい何がどうしてこんな地の果てまで旅す るハメに・・・などと、家族それぞれの複雑な思いを乗せてスカンジナビア航空の 飛行機はオスロへ向けて飛び立った。

ヒースローから2時間10分、オスロで国内線に乗り換えて1時間50分、トロムソ着。 「北のパリ」と呼ばれるトロムソは(子供は「どこがパリなん?」としきりに言っていた が)北極圏最大の街で、今回の目的地であるノールカップへの玄関口でもある。夏は 白夜、冬はオーロラ、ケーブルカーで山へ登れば地平線下に沈まない太陽も見れる という観光と遠洋漁業の街だが、時期が少し早いため観光客も少なくひっそりとして いた。
ホテルのある繁華街は空港から山ひとつ隔てたところにあり、私たちを乗せたタク シーはトンネルの中へと入って行った。しばらく行くと目の前に信じられないものが 現れた。なんと、薄暗いトンネル内に作られた右回りのラウンド アバウト・・・これに はビビッてしまい、思わず声が出た。「トンネルの中にラウンド アバウトを作っちゃ いけないわよねぇ」と日本語で。
私の旅の楽しみのひとつは、その土地々のビールを飲むことなのだが、4時過ぎ、 まだ明るいというのに(白夜の国だから当然だが)ほとんどの商店が閉まっていて 自動販売機も見当たらない。街中を隈無く歩き回り、ようやく見つけたコンビニには ノンアルコールのビールしか置いていない。出発前「アルコール類が高いからワイン を一本スーツケースに忍ばせて行きなさいよ。」とアドバイスしてくれたノルウェー出 身の近所のおばさんに思わず感謝した。

深夜0時、太陽は雪を頂いた山々を、フィヨルドの海を、街全体を明るく染め上げ、 昼間とほぼ同じ明るさを保っていた。だれが名付けたのか、「白夜」というロマンチック なネーミングがぴったりで、妙に納得してしまった。この国に住む人たちが白夜をどの ように過ごすのか?興味深く周囲を観察したが、メインストリートを通る人もほとんど なく、時折車がライトなしで行き交うだけで、静まり返っていた。夫はいたく感動した 様子で、しきりにカメラのシャッターを切り、子供に熱っぽく白夜について説明してい たが、私は免税店で買ってきたワインとシングルモルトのウイスキーでほろ酔い気分 になり、早々に休むことにした・・・

んっ?眠れない。ホテルのカーテンは二重になっているのに、明るすぎて眠れない。








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